
50代でFIREめざしているときちです。
FIRE目指してSNSなどをチェックしていると、「働いていないと意外と暇」「趣味はすぐに飽きる」「無職とかありえない」など、ネガティブな意見をよく見かけます。
みんな働くのが大好きなんですねぇ(棒
この手の内容は、過去記事でも書いていますが、最近、改めてそういったネガティブな声をよく見かけたので、ちょっと視点も変えながらまとめたいと思います。
本当に暇なのか?
そもそも、暇つぶしのために仕事するって考え方にもちょっと問題がある気はします。
ただ、今回はその視点はふれません。
フランスの哲学者「ブレーズ・パスカル」が、人生について「人生は死ぬまでの暇つぶし」と言ったそうですが、なんとなくわかる気もします。
まぁそんな悲観的な考え方はせず、いかに人生を楽しむのかといった視点で考えた場合、なんで人生を仕事に捧げないといけないのか、という疑問が生じます。
仕事に生き甲斐を感じている人は、それはそれでその人の考え方なので否定するつもりはありませんし人生を賭して専念できる仕事に従事できたことは、幸せなのかもしれません。
でも、今回は「仕事しないと暇」がテーマ。
さらに、「趣味はすぐ飽きる」です。
趣味が1~2つ位だと、確かに飽きるかもしれませんが、それ以上の趣味を見いだせれば、そう簡単に飽きるとは思えません。
そして、今、興味持っていることだけが趣味としてカウントするものおかしいかと。
生きているうちに、新しい趣味を見つけ、適宜、趣味を入れ替えていけば、ずっと楽しめるのではないでしょうか。
「経済的理由でFIREできず、働き続けなければならない」は理解できますが、暇だから働くという選択肢は、私にはありません。
そんな寂しい人生はいやですねぇ~。
それに生き甲斐は趣味だけでなく、ボランティアなどでも見いだせます。
自分でいえば、過去記事でも書きましたが、国内外問わず旅行に行きたいですし、キャンプや登山三昧もやりたい、漫画やアニメ、ゲームで時間を浪費したい、多言語を学びたい、そして知的好奇心を満たす読書を思う存分やりたい、といったところです。
ボランティアも、具体的には書きませんが、時間があればやりたいことが複数あります。
問題は時間がない。
だからFIREしたい。
これが私の見解です。
働かないことは悪といった社会構造
経済的理由により働くことは否定しませんが、社会のマインドとして「働かない者は食うべからず」といった昭和の理念がまだ色濃く残っている気がします。
身体的、肉体的、家庭環境的理由により働けない場合を除き、働けるのに働かない者は「悪」といった考え方をもった方が多く、特に年配層に多い気がします。
日本でも高齢者が働くケースが増えていますが、高齢者の労働意欲について調査した国際機関の分析によれば、日本で働く高齢者の理由は「経済的」であって、働きたくて働いている訳ではありません。
みんな働くことに本気で意欲的になっている訳ではなく、経済的理由で働く。
だから、働いていない人をうらやんで否定する、そんな構造もあるのでしょうか。
昨日みた動画では、某研究者の著作によると、資本主義社会の弊害として、幼少期から無意識に「働くこと」を植え付けられていると主張しているようです。
例題として、幼少期に「将来何になりたい?」と問われ、子ども達はほぼ将来なりたい「職業」を発言します。
何故、「毎日本を読みたい」「日本各地へ旅行する人になりたい」といった行動面や生き方を選択しないのでしょうか。
いやぁ、この発言を聞いて衝撃をうけました。
社会は相互の助け合いによって成り立っていますので、「遊んでいればいい」とはいいません。
ただ、社会貢献は仕事を介してのみ実現する訳ではなく、無給の行動でも社会貢献できますし、極論をいえば、毎日旅行にでかけるような人生(お金はどうするのかはさておいて・・・)でも、旅行による知見などを対話で広めることにより、第三者へ充分寄与出来ると言えませんか?
とにかく、仕事は生きていくために選択しているだけで、人生を賭して行うものではないと思います。
経済的に問題無いのであれば、仕事せず、やりたいことをやる人生でいいんじゃないでしょうか。
それを許容できる社会になってほしいものです。
私は、第三者がなんといおうと、経済的に自立できたらFIREしますけれどもね。
社会の常識をいまいちど考える
私のような昭和世代は、無意識に「定年まで働き、その後は年金で生活する」といった「常識」が植え付けられています。
前職で人事を担当していましたが、その当時、定年前に退職を決断する同僚がいると、「定年までどうするんだ?今更、転職は難しいぞ」といった、働くことを前提とした発想に毒され、退職希望者へ「親身」になって助言
今思うと、余計なお世話ですよねぇ~。
その同僚の経済力は全く把握していませんので、もしかしたら仕事しなくても充分生活出来る経済力をもっていたかもしれません。
または、例え賃金が下がっても、自分の時間を充分確保出来る仕事を望んでいたのかもしれません。
私も転職(正確には出向に近いですが)を機に、「定年まで働くことが是ではない」とようやく考えられるようになりました。
こうした「古い常識」は、人間の思考力を阻害します。
何故働かないといけないのか、といったテーマを含め、自分に問いかけることが必要ですね。
常識と言われることは、必ずしも正しいこととは限りません。
また、時代とともに常識も変わりますので、柔軟な思考力ももたないと、それこそ老害と言われるようになるかもしれません。
それもこれも、楽しい人生、充実した人生、を送る上で必要なことだと思います。
あぁ早くFIRE実現したい・・・。
まとめ
なんだか、ダラダラと書いてしまいましたが、ようは「必ずしも働き続けることが善ではない」といったことを言いたかったのかな。
自分の人生です。
自分の人生は他人が決めるのではなく、自分自身で考え、自分自身で選択したいものです。
みんな働き過ぎですよ~。
もっと人生楽しみましょー。

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