
50代でFIREめざしているときちです。
ヤフーニュースを見ていたら、NISA貧乏との記事があったので、その内容についてまとめてみます。
国会で取り上げられた「NISA貧乏」
特別国会が開催されていますが、3月10日の衆議院財務金融委員会で、国民民主党の議員がNISAについて質問したようです。
「NISA貧乏という言葉、お聞きになったことはありますでしょうか」
と切り出し、片山財務大臣に見解を求めたとのこと。
若者を中心に、漫然とした将来不安からNISAへの投資をやっているようですが、20代、30代の75%が「公的年金には期待していない」として、NISAへ過剰な投資をしているとのこと。
「取りあえずNISA」「取りあえずインデックス」とのかけ声で、積立が目的化している現状を語り、片山財務大臣へ見解を求めたようです。
片山財務大臣は「ショックをうけた」と回答し、積立の目的化は当然意図して折らず、金融リテラシーの周知の必要性を示唆したようです。
国会のやりとりで、ときちもはずかしながら「NISA貧乏」のワードを初めて知りました。
積立が目的化しては意味がない
あまり人のことは言えませんが、積立の目的化はたしかに芳しくないですね。
資産形成やFIREもそうですが、それらが目的ではなく、その先の目的を享受するための手段のはずです。
たしかに積立していると、金額の推移等も楽しみになり、気がつくと目的化している傾向は否めませんが、本質を見失うと、生活が破綻しかねません。
今回の場合、「漠然とした将来不安」もあるようですが、その「漠然とした」は「年金に期待していない」を引用したところをみると、主に老後の不安を指していると思います。
老後の資金も、生活する基礎的な経済力を指すのでしょうが、同時に安心して暮らせる老後、言い換えれば楽しい老後を過ごすための「不安」だと思います。
老後に備えることも重要かもしれませんが、現時点を楽しむことも同時に必要であり、若者の場合、国会質問でもふれられていましたが「現時点における自分への投資」も必要な時期だと思います。
1度きりの人生ですから、よく考えてお金の使い道を決めて欲しいものです。
公的年金を期待してない?
将来不安の根底は、「公的年金に期待しない」があげられるようです。
過去記事でも記載しましたが、公的年金が全くなくなることはまずあり得ないでしょう。
たしかに、昔と比較すると年金支給額は激減していますし、少子高齢化社会が深化する現状と将来を踏まえると、年金制度へ不安をもつことはごく自然な流れだと思います。
しかし、年金制度を無くす決断は、どの政党もできませんし、仮にそんな案が浮上したらさすがに大人しい日本人でも暴動がおきますよ。
それに、その年金制度をどのようにしていくのか考えるのも私たち国民ですし、「期待しない」のではなく「作り上げる」視点が大切なんじゃないかなぁと思います。
聞いた話しですが、国会議員が福祉が充実していることで有名なスウェーデンへ視察へいったとき、スウェーデンの役員から「何で日本は社会保障制度を改悪できるのか。我が国でそんなことしたら、国民がだまっていない」と言っていたようです。
国の主権者は国民ですからね。
それでも若いうちから投資は有用
とはいえ、若いうちから積立NISAすることは有用だと思います。
ときちも、若い頃から投資をはじめていたらなぁ・・・と後悔するばかりです。
ただ、昭和世代にとって投資は「ギャンブル」との認識が一般的でしたし、一部の富裕層や専門家が行うものとも考えていました。
また、今のようにネットがあるわけもなく、情報収集は書籍や新聞のみですから、そうたやすく投資ができる環境でもありませんし、当然、ときちが利用しているようなネット証券もありませんから、投資するなら投資会社の窓口で手続きが必要です。
そんな煩わしさだけでなく、金融機関の金利がいまのように1%を下回るなんてことはなく、普通預金でも数%ついていましたし、定期預金であれば二桁%の商品もありましたから、投資しなくても資産形成ができた時代です。
よかったのか悪かったのか、よくわかりませんが、時代背景上、昭和世代は若いうちから投資する環境はなかったのが事実ですね。
まとめ
話しがあっちこっちいきましたが、とにかく積立の目的化は駄目ですよね。
とくに若者は、若いうちしかできないことが沢山ありますから、今を大切に考えて欲しいと思います。
楽しみながら積立も継続する。これが大切ですね。
積立は目的化させず、手段とすること。
自分自身にも言い聞かせて、積立を継続していきます。

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